『タネなし。』 ダイヤモンド・ユカイ

男性の不妊症・・・

『タネナシ。』

ダイヤモンド・ユカイ著

かつて、伝説のロックバンド「レッドウォーリアーズ」で一世を風靡した、ダイヤモンドユカイによる男性不妊の経験談。往年のロックスターは、恥ずかしさなどなりふりかまわずに、自身が男性不妊であったことを赤裸々に告白。そしてそこにどのような葛藤があったのか、さらには、どのように乗り越えてきたかを書いている。冒頭はありふれたロックスターの自慢話ではじまるが、その後はその根底にある奥様への愛情や、家族を持つことへの覚悟などが綴られており、男性不妊を抱えている人々に勇気を与える好著である。

 「エッチをすればすぐに子供ができる」

 これは生きている動物にとって当たり前のことではないかと思っていた。
 しかし現実はそうではなかったのだ。

いわゆる不妊症というのはまだまだ奥が深い分野で、その原因がどこにあるのか、その理由がよくわからないことも多いそうなのだが、理由はどうであれ、そういう現実を突きつけられる人が、この世の中にはたくさんいるというのだ。

 私はそのうちの一人。
 そして深い深いどん底に落とされた人間だ。

「人間としての価値がない」
「人生として生きている意味がない」
 そういうことばかりを考えるようになった。月日が経って、少しずつその傷は癒えてきたけれど、多分一生完全に塞がることはないだろうなと思う。それくらい深くて閉じ難いものなのだ。

 そんなことを言うと、周りの人はきまってこんなことを言うものだ。
「そんなことはないよ、それも人生だよ」
「そこから学ぶことがあるだろう」と。
 もちろんそう言う言葉はありがたいけれど、これらは当事者にとっては何の慰めにもならないもの。自分の状況によってはそれで人間関係がギクシャクすることもあるだろう。

 私はもうすっかり諦めてしまったが、ここまで諦めるずっと前のこと。
 いつかは子供をこの手で抱っこしようと夢に思っていた頃、その頃に、男にとっての「不妊症って何だろう?」って思って手にしたのがこのダイヤモンド・ユカイの本だったのだ。

最後は愛情

 男性は、プライドの生き物だと思う。
 大なり小なり、周りの男と比較して生きている。
 いわゆる世間体というものをすごく意識するし、世間一般との競争意識もどこかあると思う。

 そんなプライドの塊である男性が、自分の精子についてダメ出しをされてしまったら、それはもう奈落の底に突き落とされたような気持になるのは当然なのだ。プライドはズタズタにされ、一気に不妊治療へのやる気は削がれていくものだ。それを考えると、まさか不妊の問題が自分にあるとは思わないし、思いたくないものだ。

 でも、そこを超えることなくては男性不妊はじまらないのだ。
 そこを乗り越えれば、光明が出てくる。
 このプライドを乗り越える必要があるのが不妊治療なのであり、男性不妊なのだと思う。

 本書は、男性不妊を認めたくない人、認めても心がどこか穏やかでない人に読んでみてほしい一冊。
 なぜならば、著者は、プライドこそ命である男性の中でも、最も“男としてのプライド”を前面に押し出す職業ともいえるロックシンガーである。レッドウォーリアーズといういち時代を築いたダイヤモンド・ユカイ氏が、恥も外聞もなく赤裸々に自分を語っている姿は、プライドを捨てた男の美しさすら感じる。いや、プライドを捨てたこの姿こそ、真の男のプライドなのかもしれない。ダイヤモンド・ユカイ氏が心静かに採精に向かうところは、最も愛情を感じるシーンの一つであります。

 根底にある愛情、そこに立ち向かう勇気、そいうったものを端々に感じることができる本書は、どんな輝かしいことを語っているロックシンガーのものよりも、どこまでも愛のあるロックな一冊ではないだろうか。

 本書は地味ながらも、とても愛情に満ちた本であると思うのであります。
 とくに、これから不妊治療に立ち向かおうと思っている男性の方にはおすすめであります。

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へたも絵のうち

瀬戸郁保

東洋医学・中医学を専門にしながら、興味のある分野のものをまたいで読んでいる雑食系です。人生後半戦に入ったので、ブログもどこまで続けるのか考えるけれど、それはそれで昔書いたブログの記事を読むと、やっぱりよかったなって思う日々。

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